コピーライター養成講座(宣伝会議)で講演を行ないました。

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■アメリカと日本のコピーライターのちがい?

宣伝会議のコピーライター養成講座で話してほしい、と依頼があった。渡米後、長らくコピーライターという肩書きを表に出してこなかった私にとって、キャリアを振り返る良い機会となった。

私がコピーライターに憧れ、企業の門戸を叩いていた頃は、糸井重里さんや中畑貴志さんを頂点とするコピーライターブームで、クラスには何百人ものコピーライターの卵で溢れかえっていた。壇上に登るコピーライターの先生や先輩たちが、「この中で実際にコピーライターになれるのは数名でしょうね」と誇らしげに言う程、ブームに対して狭き門であり、なりたいと思って簡単になれる職業ではなかった。実際に広告代理店でも大手企業でもコピーライターを表立って募集していたのは、私が覚えている限り資生堂くらいであった。その他は、まず採用後に営業職に配属してから検討されるというものが多かったように思う。当時、講座に通うコピーライターの志望者たちは、別名カラス族と呼ばれていた。80年代後半はデザイナーブランドの全盛であり、多くの人がギャルソンやコムサを代表とする黒い服を好んで着用していたからだ。

その後、私はJ.W.トンプソンの東京オフィスに入社。12年程在籍した後に渡米することになる。JWTは当時、アメリカの学校のようなとても面白い会社であった。100%外資系の広告代理店で、戦略を最も重視していた。アカウントプランナーという職種をいち早くロンドンから輸入し、実践していたのもこの会社であった。当時、20代のコピーライターであった私は、このプロセスから多くのことを学んだ。アカウントプランナーが戦略を熟考し、その過程で調査し、ブランド戦略を構築していく。コピーライターはそれらのプロセスに立ち合い、戦略立案に参加する。消費者のインサイトがみえてきたところで、彼らの心を射抜く一本の強いコピーを開発していくという具合だ。このタグラインこそがブランド戦力の要となる。そしてそれはコピーライターにとってはこの上ないダイナミックな仕事である。

 

コピーライターは、戦略志向であってほしい。そうすればもっとコピーの影響力が深まり、その感染する範囲が広がり、長い賞味期限を保ち、力強くブランド戦略を牽引することができるのだ。アメリカと日本のコピーライターの違いをあげるとしたら、そのポイントが一番の差異ではないだろうか。若いコピーライターたちにはぜひ大きく価値のある仕事をしてもらいたい。そんな願いをこめて、世界でも最も冴えた先人の仕事としてアップルのCM「Think Different」の改訂版をみてもらった。これ、皆に見せながら自分も感動してしまい、すぐに声が出なかったことを追記しておきたい。

 

エクゼクティブ・クリエイティブディレクター 結城喜宣

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